英国原子力の歴史を振り返る:1950年代からの変遷と停滞、再構築

プラントネタ

はじめに

英国の原子力発電と聞くと、「Hinkley Point C」や脱炭素といった現在の話題を思い浮かべるかもしれない。しかし、その歴史を振り返ると、現在の議論だけでは捉えきれない背景が見えてくる。

世界で初めて商業ベースで稼働した原子力発電所は、1956年に建設されたコールダーホール(Calder Hall)である。開所式にはエリザベス女王2世が出席し、当時の英国は原子力技術の最前線にあった。しかし、この施設は今日の意味での純粋な発電所とは性格を異にしていた。

コールダーホールは電力供給機能を持ちながらも、プルトニウムの生産という役割を併せ持っており、発電はその一部として位置づけられていた。すなわち、英国の原子力は当初、エネルギー政策のみならず、安全保障を含む国家的な文脈の中で導入された技術であったと言える。

その後、英国はMagnoxやAGRといった独自のガス冷却炉を発展させ、一時は原子力発電大国としての地位を築くことになる。しかし、技術的課題やエネルギー環境の変化により、1970年代以降は長期的な停滞を経験し、1995年のSizewell B以降、新規建設は途絶えることとなった。

そして現在、英国は再び原子力を重視する方向へと政策の軸を動かしている。脱炭素とエネルギー安全保障という新たな課題の中で、原子力は再生可能エネルギーを補完する安定電源として再評価されているためである。

本稿では、こうした英国原子力の歴史を振り返りながら、その発展、停滞、そして現在の再構築に至る背景を整理する。

第1章:英国原子力の出発点と独自進化(1950s〜1990s)

英国の原子力の出発点は、単なる発電技術の導入ではなく、冷戦期における国家戦略の中に位置づけられていた。その象徴が、1956年に運転を開始したコールダーホール(Calder Hall)である。

コールダーホールは「世界初の商業用原子力発電所」として知られ、開所式にはエリザベス女王が出席した。この出来事は、英国が原子力技術の最前線に立っていたことを象徴するものである。しかし、その実態は現在私たちが想像する発電所とはやや異なるものであった。

この施設の主目的は電力供給ではなく、核兵器に必要なプルトニウム239の生産にあった。発電はあくまで副産物であり、原子力はエネルギー政策というよりも、安全保障の延長として導入された技術だったのである。

ここで重要なのは、原子炉では「発電」と「プルトニウム生成」が同時に起きているという点である。ウラン235の核分裂によって熱が生まれ発電が行われる一方で、ウラン238は中性子を吸収してプルトニウム239へと変化する。すなわち、同じ炉の中で二つの現象が並行して進行している。

核分裂 → 熱 → 発電

ウラン238 → プルトニウム239生成

すべての原子炉でこの現象は起きているが、重要なのは運用方法の違いである。コールダーホールのような初期のマグノックス炉では、燃料は数ヶ月から1年程度で取り出され、プルトニウムを回収しやすい状態が維持されていた。一方、現代の軽水炉では燃料は3〜5年程度使用され、その間にプルトニウムの性質は変化していく。

Magnox:短期間(数ヶ月〜1年) → シンプルな組成
軽水炉:長期間(3〜5年) → 複雑な組成

コールダーホールで採用されたマグノックス炉は、黒鉛を減速材、二酸化炭素を冷却材として用いるガス冷却炉であり、天然ウランをそのまま燃料として使用できるという特徴を持っていた。これは1950年代当時、ウラン濃縮能力に制約があった英国にとって合理的な選択であったと同時に、比較的低燃焼度で燃料を取り出すことでプルトニウムを得やすい構造でもあった。こうした設計は、1950年代から1960年代前半にかけての原子力開発が安全保障と密接に結びついていたことをよく表している。

その後、1960年代後半にかけて核兵器用プルトニウムの確保が一定程度進み、あわせて電力需要が増加するにつれて、原子力に求められる役割は次第に変化していく。このようにして始まった英国の原子力開発は、1970年代に入る頃には発電効率を重視する方向へと舵を切ることになる。

その転換を象徴するのが、マグノックス炉の発展形として1970年代から本格的に運用されたAGR(Advanced Gas-Cooled Reactor)である。AGRはガス冷却・黒鉛減速という基本構造を維持しつつ、より高温で運転することで発電効率の向上を目指した設計であった。ここではすでに、原子力の目的はプルトニウム生産から発電へと明確にシフトしている。

[英国原子力の流れ]

1950s〜60s前半:Magnox(軍事+発電)

1960s後半:転換期(プルトニウム → 発電)

1970s〜:AGR(発電中心)

1995〜:PWR(世界標準へ)

しかし、この技術的進化は新たな課題も伴った。AGRは設計と建設の複雑さが増し、結果としてコスト増大や工期遅延の要因となった。一方、世界の多くの国々は軽水炉(PWRやBWR)へと収斂し、標準化と規模の経済を活かしていったが、英国は自国開発のガス炉路線を維持し続けた。この選択は一時的には技術的独立性を支えたものの、長期的には国際標準からの乖離を生むこととなる。

それでも1980年代から1990年代にかけて、英国はマグノックス炉およびAGR炉を中心に約10GWe規模の発電能力を維持し、一時は世界でも有数の原子力発電国であった。この時期は英国原子力の成熟期と見ることができる。

しかし同時に、転換はすでに始まっていた。1995年に運転を開始したSizewell Bは、英国で初めて本格的に採用された軽水炉(PWR)であり、それまでのガス炉中心の技術体系からの明確な転換点となった。言い換えれば、英国は数十年にわたる独自路線を経て、ようやく世界標準へと合流し始めたのである。 このように、英国原子力の初期から成熟期にかけての歴史は、単なる技術の進化ではなく、国家戦略と技術選択が密接に結びついた過程であった。

第2章:衰退の30年(1970s〜2020s)

英国がマグノックス炉とAGRによって原子力大国としての地位を築いた一方で、その優位性は1970年代以降、徐々に揺らぎ始めることになる。技術選択、政治、そしてエネルギー環境の変化が重なり、英国の原子力は長期的な停滞へと向かっていった。

まず第一に、技術的要因がある。AGRは理論上、高温運転によって高い発電効率を実現できる優れた設計であったが、その実装は容易ではなかった。設計と建設の複雑さは予想以上であり、建設遅延やコスト増加が常態化した。これは結果として、原子力発電の経済性に対する信頼を損なうことにつながった。

同時期、世界の原子力市場は軽水炉(PWR・BWR)を中心に急速に標準化されていく。設計のシンプルさと国際的なサプライチェーンの形成により、軽水炉はコストと信頼性の両面で優位性を確立していった。一方で英国は、依然としてガス冷却炉という独自路線を維持しており、このギャップは時間とともに拡大していった。

第二に、政治とエネルギー政策の変化がある。1970年代以降、英国では北海油田および天然ガスの開発が進み、エネルギー供給の構造が大きく変化した。比較的安価で柔軟に利用できる化石燃料の存在は、巨額の初期投資を必要とする原子力の優位性を相対的に低下させた。エネルギー安全保障の観点においても、原子力の必要性は一時的に後退することとなる。

第三として、これらの構造的要因に加え、原子力を取り巻く社会的な環境も大きく変化していたことは見逃せない。1957年のWindscale火災、1979年のスリーマイルアイランド事故、1986年のチェルノブイリ事故といった一連の出来事は、原子力に対する社会の受け止め方を大きく変える契機となった。特にスリーマイルアイランド以降は安全規制が大幅に強化され、建設コストや許認可期間の増大を招いた。またチェルノブイリ事故は、技術的問題を超えて政治的・社会的リスクとしての原子力を意識させる出来事となり、新規建設に対するハードルをさらに高めることとなった。

これらの要因が重なり、英国では新規原子炉建設のモメンタムが失われていく。1995年に運転を開始したSizewell B 原子力発電所は英国で初めて本格的に導入された軽水炉(PWR)であり、技術的には新たな方向性を示すものだった。しかしその後、この流れが継続されることはなかった。結果として、Sizewell Bは長らく「最後に建設された原子炉」となり、英国の原子力開発は事実上停止した。

発電量の面でも、この変化は明確に現れる。英国の原子力発電は1998年に電力供給量のピークを迎えた後、既存炉の高経年化に伴い、徐々に減少を続けることになる。マグノックス炉は順次運転を終了し、その後を担っていたAGRも設計寿命に近づきつつあった。

21世紀に入る頃には、英国の原子力は「過去のインフラ」としての色合いを強めていく。新規建設が行われない一方で、既存炉は老朽化し、将来的な電源としての位置づけは不安定なものとなっていった。 現在、英国で運転中の民生用原子炉は複数サイトに限られており、その多くが2030年までに運転終了を迎える予定となっている。これらは現在もなお、英国の電力需要のおよそ15%を支えているが、この比率は既存炉の退役とともに一時的に大きく低下する見通しである。
英国はここで、再び原子力を構築するかどうかという重要な選択に直面している。

参照(公式情報)
UK Parliament (2022), Nuclear energy in the UK (POSTnote 687)
https://researchbriefings.files.parliament.uk/documents/POST-PN-0687/POST-PN-0687.pdf

図で見る英国原子力の変遷:一度“ゼロ”に向かう国

まず、英国の原子力発電の全体像を視覚的に捉えるために、以下の図を見てほしい。

出典:UK Government, Nuclear Regulatory Review 2025 (Full Report), Figure 1

この図は、1980年代から2050年頃までの英国における原子力発電容量(GWe)を、炉型ごとに示したものである。色分けされた領域は、それぞれ以下に対応している。この図を読み解くことで、英国原子力の特徴的な「3つの時代」と、その間に存在する大きな断絶が見えてくる。

  • 濃い色:Magnox(初期のガス冷却炉)
  • 薄い色:AGR(改良型ガス冷却炉)
  • 青色:PWR(軽水炉)

19801990年代:ガス炉によるピーク時代

1980年代から1990年代にかけて、英国の原子力発電容量はおよそ10〜12GWe規模に達している。この時期は、MagnoxとAGRという国産のガス冷却炉が主力となり、英国が原子力発電大国の一角を占めていた時代である。英国が世界の主流である軽水炉ではなく、独自のガス炉技術に依存していた点である。これは第1章で見た通り、軍事目的を背景とした技術選択の延長線上にある。

2000年代以降:衰退

図の中央部分を見ると、原子力発電容量は2000年代以降、緩やかに、しかし一貫して減少していることが分かる。Magnoxは順次廃止し、AGRも寿命を迎え減少。そして最も象徴的なのが、2章最後でも触れた2020年代後半から2030年前後にかけての急激な落ち込みである。この時期、既存の原子炉が相次いで運転終了を迎え、英国の原子力発電容量は一時的にほぼゼロに近づく水準まで低下する見通しとなっている。

2030年代以降:軽水炉による再構築

図の右側では、再び発電容量が回復している様子が示されている。この回復を支えるのが、Hinkley Point CやSizewell Cといった新世代の軽水炉(PWR)である。ここで英国は、マグノックスやAGRといった独自路線から離れ、世界標準である軽水炉へと完全に舵を切っている。すなわち、かつては独自のガス炉国家だった英国が今後は国際標準のPWR国家を目指すという大きな構造転換が、この図の中に表現されている。

第3章:再構築(2020s〜2050)

長い停滞と縮小を経験した英国の原子力は、2020年代に入り再び大きな転換点を迎えている。その背景にあるのは、気候変動対策としての脱炭素と、エネルギー安全保障という二つの要請である。

英国政府は2050年までにネットゼロを達成するという目標を掲げており、これまでに温室効果ガス排出量を大幅に削減してきた。その主な原動力は風力や太陽光などの再生可能エネルギーの拡大である。しかしその一方で、こうした電源は天候に依存するため、供給が不安定になりやすいという特性を持つ。このため、電力系統全体を安定させるためには、出力を安定的に維持できる電源が不可欠となる。

この文脈の中で、原子力は再び重要な役割を担う存在として位置づけられるようになった。原子力は単に二酸化炭素を排出しない低炭素電源というだけでなく、長期間にわたり安定した電力を供給できるという特性を持つ。再生可能エネルギーの拡大と並行して、電力システムの基盤を支える電源として、その価値が再評価されているのである。

この方針転換を象徴するのが、Hinkley Point CとSizewell Cである。Hinkley Point Cは、フランスで開発されたEPR(European Pressurised Reactor)を採用した大型の軽水炉であり、1995年のSizewell B以来、約30年ぶりとなる英国の新規原子力建設プロジェクトである。この計画は単なる発電所建設にとどまらず、長年途絶えていた原子力建設能力の再構築という意味を持っている。

続くSizewell Cも同様にEPRを採用し、設計の標準化と経験の蓄積によるコスト低減が期待されている。ここには明らかに過去の教訓が反映されている。すなわち、単発のプロジェクトでは産業を維持できないという認識である。継続的に同じ設計を建設することで、サプライチェーンや人材を維持し、全体としての効率を高めていくという考え方が採られている。

しかし、英国が現在直面している現実を忘れてはいけない。すでに見た通り、既存のAGR炉は2030年前後までに順次運転を終了する予定となっている。つまり、新たな原子炉が稼働するまでの間に、原子力発電の比率は一時的に大きく低下する可能性が高い。この「空白」をいかに乗り越えるかは、英国のエネルギー政策における重要な課題である。

この問題に対する一つの解として、近年注目されているのが小型モジュール炉(SMR)および先進炉(AMR)である。SMRは従来の大型炉と比較して出力規模を小さくし、工場での製造と現地での組立を組み合わせることで、建設期間の短縮とコストの低減を目指す技術である。AMRはより革新的な技術群を含んでおり、高温ガス炉や高速炉など、電力供給にとどまらず水素製造や産業用熱供給といった用途への応用も想定されている。これらの技術はまだ開発段階のものも多いが、将来のエネルギーシステムにおいて重要な役割を担う可能性がある。

衰退(〜2030) → 既存炉(AGR)退役 → 発電容量が大幅減少

電力安定性リスク

再出発(2030〜) → Hinkley Point C → Sizewell C → PWR中心へ移行

長期戦略 → SMR(建設の革新) → AMR(用途の革新)

第4章:地図で見る英国原子力サイトの分布と炉型の変遷

ここまで見てきた、1950年代に始まった Magnox 炉の時代から、発電効率を重視した AGR の時代を経て、現在は Hinkley Point C や Sizewell C に象徴される PWR 中心の再構築へと移行してきた、その変遷を地理的に捉えるうえで有用なのが、以下の英国原子力サイトの分布図である。

出典:UK Government (2025) “Nuclear Regulatory Review 2025: Final Report”, Figure 2

なお、図中の色分けは炉型ではなく、運転中、廃炉、燃料取り出し中、新設計画など、各サイトの現在の状態や用途を示している。しかし、そこに示されたサイト名を炉型ごとに読み替えることで、英国の原子力がどの地域にどのように展開し、現在どの炉型が残っているのかをより明確に理解することができる。そこで以下では、図に示された主要な発電所サイトを炉型別に読み替え、Magnox、AGR、PWR の順に整理した。あわせて、各サイトのおおまかな現在の状態も示している。

Magnox                                         AGR                                            PWR
Chapelcross              | 廃炉中              Torness                  | 運転中 | 1.200 GW     Sizewell B              | 運転中 | 1.198 GW
Hunterston A             | 廃炉中              Hunterston B            | 廃炉中
Sellafield / Calder Hall | 廃炉中              Hartlepool              | 運転中 | 1.185 GW
Wylfa                    | 廃炉中              Heysham 1               | 運転中 | 1.060 GW
Trawsfynydd              | 廃炉中              Heysham 2               | 運転中 | 1.240 GW
Sizewell A               | 廃炉中              Hinkley Point B         | 廃炉中
Bradwell                 | 廃炉中              Dungeness B             | 廃炉中
Berkeley                 | 廃炉中
Oldbury                  | 廃炉中
Hinkley Point A          | 廃炉中
Dungeness A              | 廃炉中

GW値は、各サイトの原子炉ごとの net capacity(MWe)の合計をGW換算したものである。
出典:World Nuclear Association, Reactor Database
https://world-nuclear.org/nuclear-reactor-database/summary/United%20Kingdom

この一覧から分かるように、英国の原子力サイトは、歴史的には Magnox が広く展開し、その後に AGR が主力化し、現在は PWR を中心とする新たな再構築の段階へ移っている。すなわち、現在の英国原子力を理解するには、単に「いま何が建っているか」だけではなく、どの炉型がどの時代に建設され、どのような状態にあるのかをあわせて捉えることが重要である。こうした地理的・技術的な重なりが、英国原子力の歴史の長さと、現在進行している再編の大きさを物語る。

おわりに

英国の原子力は、発電技術としてではなく、国家戦略として始まった。コールダーホールに象徴されるように、その出発点はプルトニウム生産という安全保障の文脈にあった。その後、MagnoxやAGRといった独自技術を発展させ、一時は世界をリードする存在となる。しかしその独自路線は、国際標準からの乖離とコストの問題を招き、1990年代以降の長い停滞へとつながっていった。

この停滞は単に「新設がなかった」という表面的な問題ではない。原子力という産業は、継続的な建設と投資の中で初めて維持されるものであり、その流れが途切れたことで、英国は一度、原子力発電基盤そのものを失いかける状況に直面した。そして現在、脱炭素とエネルギー安全保障という新たな課題に直面する中で、英国はあらためて原子力の必要性を認識し、再構築へと動き出している。

ただし今回の再出発は、過去への回帰ではない。大型軽水炉に加え、SMRやAMRといった新たな技術が検討されていることは、原子力の役割が電力供給にとどまらず、より広いエネルギーシステムへと拡張しつつあることを示している。英国の経験は、原子力が一度止めれば簡単に再開できる技術ではないこと、そしてその未来が技術だけでなく政策と社会の選択に大きく依存していることを示唆している。

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