はじめに
原子力プロジェクトにおいて、「設計が成立していること」と「実際に運転してよいこと」は、まったく別の段階にある。どれだけ技術的に完成度の高い設計であっても、それだけでは原子力施設を運転することはできない。最終的には規制当局からの許可を得ることが不可欠であり、そのプロセスの中で安全性が総合的に確認される。
英国においてその役割を担うのが、Nuclear Site Licenceである。このライセンスは単に施設の設置や運転を許可するものではない。重要なのは、それが特定の設備ではなく、そのサイトを運用する主体、すなわちライセンシーに対して付与される点にある。問われるのは、「設備が安全か」だけではなく、「その安全を維持し続ける能力があるか」という点である。
このライセンスは法的に必須であり、Nuclear Installations Act 1965に基づき、ライセンスなしに原子力活動を行うことは認められていない。したがって、原子力プロジェクトにおいては、このライセンスを取得し、維持し続けることが出発点であり続ける。
一方で、この制度の意義は単なる法的要件にとどまらない。Nuclear Site Licenceは、どのように安全を捉え、誰がその責任を負うのかという「規制の前提」そのものを定めている。そこでは、安全はあらかじめ与えられるものではなく、ライセンシーが自ら構築し、その妥当性を説明するものとして位置づけられる。
本稿では、このNuclear Site Licenceという制度について、その全体構造から具体的な規制の仕組み、そしてその背後にある規制思想に至るまでを段階的に整理する。制度の表面的な仕組みだけでなく、その設計意図まで含めて理解することで、英国の原子力規制をより立体的に捉えることを目的とする。
第1章:Nuclear Site Licenceの全体像
英国における原子力規制の出発点となるのが、Nuclear Site Licenceである。この制度はNuclear Installations Act 1965に基づき設けられており、原子力施設を設置・運用するためには、規制当局であるONRからライセンスを取得することが前提となっている。すなわち、ライセンスを持たずに原子力活動を行うことは認められておらず、この点においてNuclear Site Licenceは法的にも実務的にも不可欠な仕組みである。
このライセンスの特徴は、許可の対象が設備ではなく、そのサイトを運用する主体であるという点にある。ONRは特定の設備の仕様だけでなく、その設備を運用するライセンシーの能力を含めて評価し、その結果としてライセンスを付与する。したがって、この制度の本質は「設備の安全性」にとどまらず、「その安全を維持し続ける組織の能力」にまで及んでいる。
Nuclear Site Licenceは一つの法的文書として発行されるが、その内容は階層的に構成されている。まず、ライセンス本体において、ライセンシーとなる企業と、その企業が使用するサイトが特定される。ここでは、誰がどの場所で原子力活動を行うのかが明確に定義される。
次に、ライセンスには付属する形で、サイトと対象施設の詳細が定義される。この中では、ライセンスの対象となるサイトの範囲とともに、そこに設置・運用される原子力施設の種類が明記される。これにより、規制の対象は地理的にも機能的にも明確に限定される。
さらに、このライセンスには標準化された条件が付与される。これがいわゆるLicence Conditionsであり、すべてのライセンスに共通して36項目が適用される。これらの条件は、設計、建設、試運転、運転、保守、変更管理、廃炉といった原子力施設のライフサイクル全体をカバーしており、ライセンス取得後のあらゆる活動がこの枠組みの中で規制される。
重要なのは、このライセンスが一度取得すれば完結するものではないという点である。Licence Conditionsは継続的に適用されるため、ライセンシーは運転期間を通じてそれらの条件を満たし続ける必要がある。したがって、Nuclear Site Licenceは単なる「許可」ではなく、長期間にわたって安全確保を担保するための継続的な規制枠組みとして機能している。
また、この制度において特徴的なのは、Licence Conditionsが具体的な手順や方法を詳細に規定するものではない点である。要求は比較的抽象的に定義されており、その達成方法はライセンシーに委ねられる。この構造により、ライセンシーは自らの設備や組織の特性に適した形で安全を構築することが求められる。
このように、Nuclear Site Licenceは、対象の定義と条件の付与という二つの側面を組み合わせることによって、原子力施設のライフサイクル全体に対する規制を実現している。この全体像を理解することが、英国の原子力規制を理解するための第一歩となる。
参照(公開情報)
- Nuclear Installations Act 1965(法的根拠)
https://www.legislation.gov.uk/ukpga/1965/57 - ONR New Site Licensing(ライセンス制度および手続ガイダンス)
https://www.onr.org.uk/our-work/how-we-regulate/nuclear-site-licensing/new-site-licensing
第2章:Licence Conditionsと規制の実体
第1章では、Nuclear Site Licenceが対象の定義と条件によって構成されていることを見た。この章では、その中核となるLicence Conditionsがどのように規制として機能しているのかを整理する。
英国の原子力規制において、実際に安全を担保するのはライセンスそのものではなく、その中に付与される条件である。ONRはライセンスに対して、安全確保の観点から必要と判断した条件を付与することができ、これにより法律としての枠組みが現場で運用される具体的な規制へと変換される。
これらの条件は標準化されており、すべてのライセンシーに対して共通の36項目が適用される。この36のLicence Conditionsは、設計、建設、試運転、運転、保守、変更管理、廃炉に至るまで、原子力施設のライフサイクル全体を対象としている。そのため、ライセンス取得後のすべての活動は、この条件体系の中で管理されることになる。
ここで重要なのは、Licence Conditionsが詳細な技術仕様や具体的な実施方法を規定するものではないという点である。多くの条件において要求されているのは、「適切な取り決め(adequate arrangements)を構築し、それを維持すること」である。すなわち、規制当局は達成すべき状態を示すが、その達成方法はライセンシーに委ねられる。
この「arrangements」という概念は極めて広い意味を持つ。そこには、組織体制、手順書、教育訓練、意思決定プロセス、変更管理の仕組みなど、日常的な運用を支えるすべての要素が含まれる。したがって、Licence Conditionsは単なる設備要求ではなく、ライセンシーが安全を成立させるための仕組み全体を対象としている。
この中で大きな役割を果たすのが、Licence Condition 14である。LC14はSafety Caseに関する要求を定めており、ライセンシーは施設の設計、建設、運転、および変更に関する安全性の根拠を体系的に整理し、文書として維持することが求められる。このSafety Caseは単なる設計図や解析結果ではなく、「なぜこの施設が安全であるといえるのか」を説明する論証であり、Claim-Argument-Evidenceという構造を通じて一貫して示されるものである。ここで重要なのは、その論証の構築と妥当性の説明責任がライセンシーにあるという点である。したがって、Safety Caseは一度作成されれば終わりではなく、施設の状態や運用の変化に応じて継続的に更新される必要がある。
これと並んで重要なのが、Licence Condition 36である。LC36はOrganisational Capabilityに関する要求であり、ライセンシーに対して、安全な運用に必要な人的資源および財務的基盤を確保し、それを維持することを求めている。さらに、組織変更が安全に影響を与える可能性がある場合には、それを適切に管理するための仕組みを整備することも要求される。
LC36の本質は、単に人員を配置することではない。ライセンシーは、自らの組織が安全を維持できる能力を持っていることを説明できなければならない。このため、Nuclear Baselineと呼ばれる組織能力の根拠や、変更管理プロセスなどを通じて、組織の適切性が継続的に確認される。ここには、安全は設備ではなく組織によって実現されるという考え方が明確に表れている。
このように、LC14が安全の論理を規定するのに対し、LC36はその論理を実行可能とする組織の能力を規定する。この二つは独立したものではなく、安全を成立させるための両輪として機能している。
さらに、ONRはこれらの条件を単に設定するだけではなく、その実施状況に継続的に関与する権限を持っている。Licence Conditionsの中には、特定の活動を実施する前に規制当局の同意や承認を必要とする仕組みが含まれており、これにより重要な意思決定の段階で規制当局が関与することが可能となっている。また、建設や試運転の段階においては、Licence Conditionsに基づき進行を制御するホールドポイントが設定される。これらのホールドポイントでは、安全上重要な事項について規制当局の確認が行われるまで、次の段階へ進むことは認められない。
この結果として、Licence Conditionsは単なる遵守事項ではなく、ライセンシーと規制当局の間のインターフェースとして機能する。ライセンシーは自ら安全を設計し、説明し、実行する。そして規制当局は、その内容と実施状況を評価し続ける。この相互作用によって、原子力施設の安全が維持される仕組みが形成されている。
このように見ると、Nuclear Site Licenceの実体はLicence Conditionsにあり、英国の原子力規制はこの条件体系を中心に運用されていると言える。
参照(公開情報)
- ONR Nuclear Site Licensing(ライセンス条件と規制運用の概要)
https://www.onr.org.uk/our-work/how-we-regulate/nuclear-site-licensing - ONR Licence Condition Handbook(36のLicence Conditionsの詳細)
https://www.onr.org.uk/media/gixbe2br/licence-condition-handbook.pdf - Hitachi-GE UK ABWR PCSR(Pre-Construction Safety Report:Safety Caseの実例)
https://www.hitachi-hgne-uk-abwr.co.uk/gda_library.html - GE Hitachi BWRX-300 Preliminary Safety Report(SMRにおけるSafety Caseの例)
https://www.gevernova.com/nuclear/uk-smr/documents-list
第3章:Goal-setting規制の本質と日本との違い
第2章までで、Nuclear Site Licenceがどのように構成され、Licence Conditionsを通じて規制が運用されているかを見てきた。ここで重要になるのは、この仕組みがどのような規制思想に基づいて設計されているのかという点である。
英国の原子力規制は一般に「Goal-setting型」と整理される。この言葉は、規制当局が達成すべき安全目標を示し、その達成手段についてはライセンシーに委ねる構造を指す。規制は具体的な方法をあらかじめ提示するのではなく、達成すべき状態を示し、その妥当性をライセンシーが自ら構築し説明することを前提としている。
これに対して、日本の規制はしばしば「Rule-setting型」と整理される。ここでいうRule-settingとは、安全確保のために講じるべき措置の方向性や内容について、規制側が一定の具体性をもって示す枠組みである。例えば、設備構成、冗長性の確保、想定すべき事象、対策の基本方針といった点について、規制の中で一定の指針が提示される。
具体的には、外部電源について複数回線で異なる系統から受電すること、非常用電源として所内電源に加えて可搬型電源を確保すること、さらにそれらの継続時間や配置について一定の考え方が示されるなど、安全確保のための設計の方向性が具体的に規定されている。こうした要求を満たすことにより、安全性が確認される構造となっている。
一方、英国においては同様の安全課題に対しても、その対処方法は規制の中で具体的に規定されない。代わりに、安全機能の維持、設備の健全性の確保、事故時の対応能力の維持といった要求が、複数のLicence Conditionsとして分散的に規定されている。そして、それらをどのように組み合わせて安全を実現するかは、ライセンシーが自ら設計し、Safety Caseとして論理的に説明することが求められる。
この違いは、規制の厳しさや水準の違いとして捉えるべきものではない。両者はいずれも高い安全性の確保を目的としており、対象とするリスクも本質的には共通している。相違点は、安全対策をどの段階で整理し、どのような形で示すかというアプローチにある。
日本では、安全確保のための具体的な要件が規制の中で一定程度整理されており、ライセンシーはそれに適合することで安全性を示すことになる。一方で英国では、安全の達成手段の設計とその妥当性の説明はライセンシーが担い、規制当局はその内容を評価する役割を担う。
このように見ると、両者の違いは安全に関する役割分担の置き方にあると理解することができる。
参照(公開情報)
- 原子力規制委員会 適合性審査(新規制基準の概要)
適合性審査の具体例についての参照
https://www.nra.go.jp/activity/regulation/tekigousei.html - 実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則(原子炉等規制法関連規則)
https://laws.e-gov.go.jp/law/353M50000400077
おわりに
本稿では、英国のNuclear Site Licenceについて、その全体構造からLicence Conditionsを中心とした規制の実体、そして規制思想の違いに至るまでを整理してきた。
出発点として確認した通り、Nuclear Site Licenceは単なる許可証ではない。特定のサイトと活動を定義するだけでなく、36のLicence Conditionsを通じて、ライセンシーに対して継続的に安全を確保することを求める枠組みである。この仕組みの中では、安全は一度確認すれば終わるものではなく、運用の全期間を通じて維持されるべきものとして扱われる。
第2章で見たように、その実体は個々の条件の集合というよりも、安全を成立させるための仕組み全体にある。Safety Caseによって安全の論理が示され、Organisational Capabilityによってそれを実行できる体制が担保される。この二つが連動することで、安全は技術と組織の両面から支えられる。
さらに第3章では、日本との比較を通じて、その背後にある考え方を確認した。規制の対象とするリスクは共通していても、それをどの段階で整理し、どのように示すかというアプローチには違いがある。その結果として、ライセンシーと規制当局の役割の持ち方にも差が生まれる。
こうした違いは、制度理解にとどまらず、実務やプロジェクトの進め方にも影響を及ぼす。設計の妥当性をどのように説明するのか、組織としてどこまで責任を持つのかといった前提が異なれば、同じ内容を議論していても認識にずれが生じることがある。
そのため、こうした制度設計の差を理解することは、規制対応だけでなく、国際的なプロジェクトにおいて議論の前提を揃えるうえでも重要である。相手の考え方の背景を理解することで、不要な行き違いを避け、より本質的な議論に集中することが可能となる。
Nuclear Site Licenceは、そのような規制思想を具体的な制度として体現したものである。この視点を持つことで、Licence ConditionsやSafety Caseは単なる要求事項ではなく、安全をどのように構築し維持していくかという考え方そのものとして理解できるようになる。

