はじめに
これまで私は、佐藤栄作、田中角栄、大平正芳、中曽根康弘といった戦後日本を代表する政治家の評伝を読み進めることで、日本政治の変遷やリーダーの意思決定の背景に触れてきました。しかし、岸信介という人物については、満州時代の裏工作や不透明な資金調達など、真偽を確かめないまま抱いていた漠然とした印象しかありませんでした。
今回北康利氏の『叛骨の宰相 岸信介』を読み終え、こうした曖昧なイメージは大きく書き換えられました。岸がなぜ「妖怪」と呼ばれたのか、それは圧倒的な知性と教養、国家の方向性を描き切る先見性、敵を作ることを恐れない意志力と実行力、そして強運を兼ね備えた稀有な政治家だったからだと感じました。ポピュリズムとは正反対の場所に立ち、国家が向かうべき方向を妥協なく提示する、いわば「構造をつくる政治家」でした。本稿では、本書を通じて私が最も刺激を受けた点を整理し、今後の自分自身の行動指針にもつながる形でまとめていきたいと思います。
注記 本稿は、特定の政治思想・政治的立場を表明するものではなく、また満州事変、日中戦争期の政権への評価や戦犯に対する意見を述べるものでもありません。あくまで読書メモとして、ひとりの政治家の生涯から学んだ点を整理した記録です。ご理解のほどよろしくお願いします。
読書メモ本文
まず心を動かされたのは、岸の叛骨と長期視点である。東京帝大法学部を卒業したエリートの多くが大蔵省や内務省を志望する時代に、岸は農商務省を選んだ。型にはまることを潔しとせず、政治の実態は経済にあると見抜いた結果である。政治とは政策の言葉遊びではなく、生産と流通の血流をどうつくるかの現実運営にほかならないという確信があった。岸の「政治の実態は経済にあり」という思想は、単なるスローガンではなく、その後の満州での経験、日本の産業行政、安全保障観にも深く貫かれている。
満州時代の岸は、彼の光と影が最も濃く現れる時期だった。生産力増強を旗印に、当時の官僚の枠を超えるスケールで国家経済を設計しようとした一方で、裏工作ルート、アヘンによる財源確保、いわゆる「濾過理論」など、歴史的に重い問題が存在する。政治資金は濾過すれば汚くないという発想は、現代から見れば危うい思想である。しかし当時の満州は国策の名のもとに合法と非合法の境界が揺らぎ、複雑な利害が絡む特殊な環境にあった。吉野信次が語った「岸と東条の間には墓場まで持っていかなくてはならない事情がある」という言葉は、その深淵を象徴している。
また、本書で強い印象を残したのが、岸が東条内閣の辞意の空気を察知し、先手を打つ形で倒閣の動きを準備したエピソードである。岸は御前会議に出席しなかったという事実が、戦後のA級戦犯としての起訴を免れる結果につながった。もちろん彼自身が計算して動いたのか、あるいは偶然かは議論の余地があるが、激動期の政治家として生き残った事実は重い。生き残ったからこそ、戦後日本の安全保障政策を根底から作り直す役割が彼に回ってきたともいえる。
戦後、岸の叛骨は「反吉田」として鮮烈に表れる。吉田茂の軽武装・経済復興優先路線に対し、岸は国家の独立性と安全保障を第一に据えるべきだと主張した。彼の思想の根底には「その国が安全であり、その国が平和であるということが政治の基本。それがなければ経済の発展も文教の進行もない」という確固たる信念があった。
そのため、日米関係についても吉田時代の「片務性に甘える安全保障」から脱却し、独立国家として対等な関係を築く必要性を強調した。政策の優先順位を日米安保条約の改定に置いたのは、この思想の延長である。
米国との交渉に臨む岸の姿勢は徹底していた。相手の手札、自分の手札、その軽重を緻密に分析し、相手の反応を読み、十数通りではなく数十通りの交渉展開を用意する。情報を制し、準備を極限まで重ねてこそ交渉は成立する――この姿勢は現代の国際交渉や企業経営においても通用する骨太な思考法である。
吉田政権時代には反吉田の急先鋒だったにもかかわらず、岸は自らが首相となってからは吉田を立て、米国との交渉において彼の権威と人脈を最大限利用した。この柔軟性と現実主義こそが政治家としての成熟であり、信念と感情を切り離した判断の典型だと感じる。
保守合同による55年体制もまた、岸の政治力を語るうえで欠かせないテーマである。自由党と民主党の合同は、三木武吉の綿密な策に岸の実行力が重なり、実現したものだった。反主流派との対立、鳩山一郎・重光葵らの動き、党内の権力闘争――その全てを調整し、納め、国家の枠組みを再設計した胆力は圧巻である。
国民全員がもろ手を挙げて賛成する政策など存在しない。反対があるからこそ、啓蒙し、調整し、最後に決断する政治家が必要である。岸の精神は保守合同の過程にも安保改定にも共通して貫かれている。この姿勢は現代においても政治の本質を突くものだ。
岸といえば60年安保というイメージが先行しがちだが、本書はそれが彼の業績の一部にすぎないことを丁寧に示す。辞任時には強い批判を浴びた岸だが、歴代総理の中で辞任後の評価が最も上昇した政治家の一人であるという記述が印象的だった。安全保障体制の基礎を築いたという事実が、感情論を超えて歴史のなかで評価されているということだろう。
おわりに
本書を読んでいる間、私は何度も鳥肌が立ちました。保守合同から60年安保までの5年間は、戦後日本の方向性を決定づけた極めて重要な時期だったのではないかという思いが強く残っています。さらに、安保反対運動の中心にいた若者たちから、後に企業戦士、政治家、官僚など国家を支える人材が多数生まれたことも皮肉であり、同時に歴史の面白さを感じさせるものでした。
北康利氏の筆致は、まるで歴史ドラマの連続シーンを見ているかのような臨場感があり、決して短い本ではなかったにもかかわらず、朝夕の限られた時間を奪われ続けながら5日間没頭して読み切りました。読了後には、吉田茂、白洲次郎、小林一三、松下幸之助、稲盛和夫といった著者の他の評伝にも強く興味が湧き、さらに読み進めたいと思っています。
岸信介の生涯は、賛否を超えて、一人の人間が国家をどのように導こうとしたのかを示す壮大な試行錯誤の記録です。本書を通して得た刺激を、私自身の行動原理として今後生かしていきたいと思います。
